【2002年11月】

11月30日(土)  合同就職説明会
合同就職説明会に参加してきた。参加といっても面接するほうだ。たしか2ヶ月前は自分がいろいろな会社の面接を受けていたのだが・・

ともかく、今日は50人くらいの軽い聞き取り。日本語の経験者はどのくらい話せるか僕がチェックするという役割。ずっと座っているのだけれど結構これが疲れる。

11月29日(金)  契約ゲット
夜遅くに営業の男の子と訪問をして契約ゲット!

11月27日(水)  日本人のあつまり
北京に住んでいる日本人が毎週あつまっている会に初めて参加した。僕が住んでいる国貿からはかなり遠かったけれど、普段なかなか知り合えないような学生さんや会社の人にも出会えてなかなか充実。また時間があるときに参加しようと思う。

11月24日(日)  白塔寺へ
朝起きてカルフールで買い物をした後、バスに乗って白塔寺へ行ってきた。ネパールのお寺でその名の通り白い塔が寺の真ん中に聳え立つ。
バスで北京の街をかなりの時間移動してようやく北京の町が見えてきた。

白塔寺の近くにあるCDショップでなんと昨日うわさに聞いたばかりの「流星花園U」のDVD3枚組みを発見!今買っているソフトを見終わるまでは新しいものを買わずにおこうと思ったけれど、この機会を逃したら今度いつ見られるかわからないのでつい・・・。

11月23日(土)  我真的不辛苦
出入国管理局へ行ってきました。ビザがOK。12月27日まで中国にいられることになりました。というわけで26か27日に帰国します。

家の近くだが、今日始めて成都小チを訪れた。値段も安くてなかなかおいしかった。「酸ラー粉(唐辛子とお酢で味付けした辛い春雨」が3元チャーハンは5元。

北京に来てから思うのだけれど、上海ではお勘定の時にマイタン!というのに、北京では一般的に「ジエタン!」というようだ。それに毎日のバスの中で自分が降りたいときに前にいる人に「下車ロ馬?(降りますか?)」という風に声をかけられる。上海のころはこういう言い方はほとんど聞いたことがなくて、「対不起、不好意思(ごめんなさい、すみません)」というのが一般的だったようにおもう。

今日バスに乗っていて、後から乗ってきたおばあさんに席を譲ろうとしたら、
「我真的不辛苦。謝謝。年軽人、上班下班真辛苦、座着ロ巴、我[立占]着也是活動活動(私ほんとに疲れてないから大丈夫よ。ありがとう。若い人こそ出勤の行き返りが大変なんだから座ってなさい。私こうやって立ってるのも運動のうちだから。)」なんて風にいわれてしまった。

中国の老人家(ラオレンジャー)は本当に元気だ。朝早くから仲間で集まって日向ぼっこをして、夕方には団地の隅にたいていある活動器具を使って体を動かしたりダンスを楽しんだり。健康はまず運動からという意識がつよいのだろうか。ちょっとした若者よりも健康的だ。ひとつの大きな時代を生きた人たちである。

11月22日(金)  たくましい女性たち
中国の家庭は共稼ぎが多い。日本で言う専業主婦は「家庭主婦」と呼ばれているが、中国の場合子供が小さくてもアーイ(子供の面倒や家事をしてくれるお手伝いさん)に昼間来てもらって仕事に出ているひとは多い。日本でお手伝いさんというと非常に贅沢なようだが、基本的な部分が違うので中国では一般的だ。

そういう訳で中国の女性は男性と同じように仕事についている人が多い。けれど、それ以上に僕が感じたのはお仕事の中でお会いする日本の女性たちだ。しかも彼女たちの多くは現地での採用。一方こちらで会う日本人男性には日本から転勤という人が多い。時には中国で自分で事業を起こしたという人もいた。

学生のときもそうだったが、留学生の中では男性よりも女性の数が断然多かった。当然そう人たちが中国で働きたいという人たちの予備軍になるのだから、すでにその時点で男性とは差ができている。

先日仕事の席で中国に7年目になるある方に中国での生活について話を聞く機会があった。大口顧客専門のマネージャーをしていて日本に一時帰国して産んだ息子さんが一人。留学していたこともあって中国語を使えることが自分のセールスポイントだったこともあって中国で仕事をすることにしたが、やはりここは女性にとっては仕事のしやすい場所だという。

中国で仕事をするときに日本語が使えるということは大きな技術である。これは日本人だから当たり前なのだが、いくら日本語が堪能な中国人営業マンでも日本人相手の仕事の際には会社にいる日本人スタッフに同行を頼むことが多い。そういう席にたびたび関わることで人は成長していく。大切な仕事を任されることで経験が増える。経験をつむことで自信がつき大きな仕事もできるようになる。そしてまたそれが経験になるのだ。

また他の日系企業につとめる企画担当の女性も若いながら男性にまったく負けない責任のある仕事を任されている。

彼女たちに共通するのは自分の仕事をやり遂げようとしていることだ。そこに甘えなどない。中国に単身乗り込んだ日本人なら誰でも感じることだが、自分の生活は自分の腕ひとつにかかっているのだ。外国人である我々は、もし仕事をできなくなったら生活するすべは無いのだ。これは男性でも女性でも同じことだ。

これは私も感じたこと。中国で日本人に期待されるのは即戦力だ。だれも仕事の仕方を一から教えてはくれない。とはいっても誰もがなれないことは初めからスムーズにいくわけはないから、そこをごまかしごまかしこなしてコツを得ていく。いきなり取引先に出向いて心中はドキドキだけれどもとりあえずの基礎知識を動員して答え、わからない部分は知ったかぶりで答えずに「持ち帰って検討し、すぐにお伝えします」という感じ。


11月19日(火)  延期の手続き
出入国管理所へビザ延期の手続きに行ってきました。
30日延長ですので、次回の帰国がきまりました。12月25日前後です。なんと、クリスマスですね。。。こんなときに帰っていいのか? 大丈夫なの?お仕事は。
というわけで、前倒しで片付けていくことになりそうです。心配なのは日本の領事館。どなたか領事館お正月休みで手続き連れ込んだりしないか聞いて教えてください。

11月18日(月)  部屋に帰ってきて驚き。通信考
部屋に戻ってきて驚き。なんと2つあるドアの外のドアが開いている???いや、破壊されているではないですか。

外ドアを開けると2つのドアがあって、片一方が私の部屋。もうひとつは空き室のはずなのになにやら話し声とドアからかすかな光が。。。

急いで大家さんへ電話。ぶっきらぼうな声で、「は?なに? ドアが開いてた? ああ、いいのいいの。え?壊れてた? ああ、あいつらドアはずしたの? ふーん、じゃあ、まあ聞いてみるわ。」
という具合。なんかぜんぜん頼りないぞこの大家。上海のときとはえらい違い。頼みもしないのにヤカンや鍋を持ってきてくれたり平日の昼間からテレビの修理に来てくれたり公安の手続きにいちから全部付き合ってくれたり。ところが、なんだい?

ついでに郵便箱の鍵、自分で新しいのかうからはずしてくれと言ったら、お前の部屋は08だからそっちは鍵かかってないだろ?というから見に行ってみれば、しっかり鍵ついてるよ・・・。涙

部屋は仕事場からも近いし、それほど気に入ってなくもなかったのだけれど、やはり大家は大切。3ヶ月過ぎたら替わろうかと思案中。

本日「アメリ」のDVD購入。まだ見てません。昨日の少林サッカーはなかなか面白かった。

*****
ところで、最近仕事の関係で中国の通信事業について調べることがあった。それに昨日自分の携帯電話も購入したのでタイムリーなのだけれど、以前に日本のあるニュースか何かで目にした記事を思い出した。

最近の携帯電話はどれにもたいていメールの機能がついている。中国ではまだe-mailには接続されていないが、それでも電話に比べてはるかに通信費が安いのもあって人気がある。日本では言うまでもない。

まだポケットベルが全盛だった高校生のころ、携帯電話はあるにはあったがまだ極一部の人のものだった。それが徐々に一般的になり学生の大部分にいきわたったころ、ショートメール機能つきのものが現れ始めた。

当初、文字で伝えるならポケベルで十分。わざわざ文字にしなくても1メールの内容など10秒も電話すれば伝わるのだから普及しないだろうと個人的に思っていた。

それがどうだ。メールはそれまでになかった電話の使い道を提示した。いや、商品が登場してその必要さに気がついたといったほうが良いかもしれない。ネットにつながったメールは地球の裏からでもほとんど同時に、しかもほとんど費用をかけずにメッセージを伝えることができる。相手が電話できる状況かどうかを考えずにすみ、言葉では伝えにくい漢字や情報を確実に文字にして送れる。また別の意味で言葉では伝えにくい感情を文字を通して伝える者もいる。

こうしたメールの普及は私たちに新しいライフスタイルを提供してくれたが、私たちとは比べ物にならないほどの影響を受けた人たちがいる。それは耳の聞こえない人たちだ。彼らにとって携帯電話のメールが登場するまで、電話とは無縁のものだった。それが携帯メールの登場により電話が「伝達する」というその本来の機能を果たしたのだ。

携帯メールは彼らを家から外に開放した。それまで彼らにとって電話の代わりを果たしていたのは主にFAXであった。しかし急ぎの用事を送信しても相手に届いたかどうかわからず、返事を待つには家にいるしかなかった。

打鍵に始まった電信は音声に替わり、そして再び文字による通信が主役となった。文字を超え、映像による伝達手段もすでに一般的なものになろうとしている。

こうした流れは一連のものだ。まったく新しい技術のように見えてそうではない。打鍵は伝えたい情報をオンとオフの組み合わせた表に当てはめて届いたところで再び復元するもの。オンとオフに強弱がつき、その間を埋める波に音声は乗った。音声の波が像を結び絵が届き、その絵が何枚もつながることによって映像になる。

しかしそうして生まれた技術が、作ったものの意図を超え、新しい使い道を生んだ。技術だけではない。待ち受けと1・2箇所しか発信できない電話は「あんしんだふぉん」として極少機能であることがある使い道を提示し、それに人々が気がついた。これから何が起こるのだろう。ドキドキする。

11月17日(日) / かっちゃったよ。
ノキアです予告通りかいました。携帯電話。中国で持つのは初めてです。本当はあまり気乗りしなかったのだけれど。

結局ノキアのキュートなグリーンの携帯購入。
そして、思い切ってDVDも購入。しかも「Amoisonic」??
嘘みたいな名前ですが、ちゃんとしたメーカーのようです。しかもマニアックなことにリージョンフリー。世界中のDVDが地域コードを越えて見れてしまいます。こんなもの売っててよいのか???

帰宅して早速DVDソフトを買いに出かけました。記念すべき最初の一枚は、「中国ワーワ(ChinaDolls)」です。そして、もう一枚。念願の「少林サッカー」よじれて笑いながら一気に見ました。

11月16日(土)  携帯電話
仕事が終わってからバスに乗って街中へ出て携帯電話を見て回った。
中国に来てからこれまでもったことは無かったけれど、やはり必要。

大体めぼしはついた。
ノキアのかわいらしい昔のバスのようなグリーン(日産フィガロみたいな色)のか、SONYの少し古めだけれどおしゃれな携帯か、モトローラの超安い携帯か。

明日もう一度見てみて買おうと思う。

11月12日(火)  ひぇー
仕事も大詰め。今日、明日がんばってあさってからは来月今回みたいに困らないよう仕事のルール作りをする予定。
深夜1時半会社をでました。

11月11日(月)  北京が好きになってきました。
これまでずっと上海にいたので、北京に着いたばかりのころは、なんか道がだだっ広くて、ほとんど毎晩通っていた屋台もないし、スーパーもないしそこら中にあふれていたコンビニもない。なんてさびしいところなんだろうと思っていたけれど、先月の27日にここに来て半月。道にも人にも慣れてくると、だんだん北京が好きになってきました。
仕事もとても面白いです。思いっきり忙しいけれど、外に営業に出れば人とじっくり話をするし、事務所に帰れば中国語・日本語・へんな英語混じりで賑やかにやってるし。上海から来てくれた総経理(社長)はすごく頭の切れる話の面白い人だし、ヘルプに来てくれたHさんもバラバラの方向へ向いていたみんなの仕事を一気に交通整理してくれました。なるほど。こうすればいいのかと頷くところあり。アイディアを出せばなるほどねと聞いてくれる。
Hさん来説、北京のメンバーはみんなまだ「赤ん坊」同然だけれど、みんなこの1週間だけ見ても確実に成長しています。

11月10日(日)  「中国情報局」の今週のお薦めに掲載されます。
「中国情報局」の今週のお薦めに掲載の申し入れがありました。11月11日から載せていただけるようです。
リンクのお問い合わせは時々いただくのですが、こうして推薦ページに挙げていただくのは「あんのうん」スタート以来初めて。

11月9日(土)  バスで出勤
家の前のバス停からバスで出勤。ようやくバスの定期券が活躍する。
ドアtoドアです。楽チン楽チン

11月8日(金)  引越し完了
事務所の引越しができました。
前よりもずっと高い階になったので眺め最高、明るくなりました。
みんな新しい気持ちでスタート。
でも、ビルに入るのに首から提げるパスカードが必要だったり。ちょっと物々しい。

11月7日(木)  事務所引越しの準備、総経理
上海から総経理がつきました。非常におしゃれな方で根っからの営業マンという感じ。話がとても面白くて、かつ厳しく。僕がその中にいるからか、いつもそうなのか、非常にわかりやすい中国語で北京の営業チームに経験や営業方法をアドバイスしてくれました。今日は一日一緒に行動して勉強になることがたくさんありました。

ところで、明日事務所を引っ越します。これから人員も拡大する予定だしさすがに僕がやってきた時点で手狭になっていました。まだ新しい事務所は見ていないのだけれど、どんなところか楽しみです。

11月5日(火)  小チー店
北京はここのところ相変わらず天気がよいです。
仕事帰りに会社の裏にあるいつものお店でモーグーを食べました。しいたけとチンゲン菜の炒め物です。
ここには3歳の「チューチー」という看板娘がいて、今晩で3度目ですがようやく慣れてくれたようです。

11月4日(月)  ビアガーデン
日本人3人で以前にも行ってお気に入りのビアガーデン(風)へ行ってきました。龍眼と無視餃子、チャーハンを食べました。二人ともここのことは知らなかったようで、結構気に入ってくれたようです。

11月3日(日)  シェービングクリーム
シェービングクリームはローソンにかぎる。
ジレットのやつをかってきたら、どうもオヤジくさいにおいがする。あーーいやいや。日本から私を訪ねてくる人は、ぜひお土産にローソンのシェービングクリームを。

朝起きて楡周平の「クーデター」の続きを読んだ。妙に盛り上がってきたので途中でやめられなくなった。予定の時間より送れて町歩きに出発。先日言った博覧会会場まで歩いた。隣にジャラフ(カルフール)があり、ここで念願の布団を買った。これで今晩からこないだのにかぶせて暖かく寝られる。ほかにもいろいろ購入。

DVDの機械を物色。パナソニックのすごいやつは4500元。(6万円) 保保高のは800元(12000円)である。なやむ。。。とりあえずお給料をもらってからにしよう。そんなに急いで買っても仕方ない。

携帯電話も来週に買うことにした。物色したところでは800元くらいから。

散発をした。すっきり爽快。でも今日行った理髪店はいまいち。おばさん愛想ないし明らかに紙を切るような文房具のハサミだし。お客さんが込んできたらかなり手を抜いた感じで前髪はほとんど手をつけなかった。そんなことしてたら信用なくすよぉ。

11月2日(土)  残業のことを
残業のことを「加班」といいます。
基本的に土曜日は半ドンなのだけれどまあ普段どおりに。
帰りに家の近くにいい感じの韓国料理屋を見つけて、「拌飯」を食べました。12元。ビビンバです。味はそこそこでしたよ。

平井賢の「大きな古時計」が入ったアルバムを見つけたので買って帰りました。やっぱりDVDは少し高くてもほしいですね。明日は少し足を伸ばしてみようと思います。まだあまりどこもわからないのだけれどとりあえず探検探検。携帯電話もできれば持ちたくはないのだけれど、買わないとしかたないかなぁ?

11月1日(金)  名刺ができてきました。
5日目を迎えて、なんだか仕事のペースに慣れてきました。いろいろな取引先との仕事が同時進行なので、とりあえず自分のデータベースを作り始めました。だってこれは小さい手帳でやってても、とても覚えきれません。とりあえず現在11箇所??

少し遅くなったが書き物はひと段落して提出したので8時半ごろ会社をでる。この前日本人3人で行ったすぐ近くの小さいお店で糸肉面を食べる。4元。

3歳の女の子の中国語はすでに僕のを上回っている。



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